歯磨きやフロスなど、これまで当然のこととして行ってきた口内ケアが、じつは間違っていたとしたら…?
予防歯科の専門家である山本龍生氏は、「間違った歯磨きは、むし歯予防の効果が期待できないだけでなく、時として歯を失うリスクを高めてしまう」と指摘します。最新研究に基づく、正しい口内ケアについての情報を教えていただきました。
歯ブラシは「歯にフッ素を塗る道具」だった
むし歯は、むし歯菌によって作られた酸が歯を溶かして、歯に穴があく病気です。
その予防には、大きく次の3つの考え方があります。
1つ目は、むし歯菌を取り除くための歯磨き。2つ目は、砂糖を減らしたり、酸ができない糖に変えること。そして3つ目は、歯の質を強くして酸に溶けにくくすることです。
これら3つの考え方の中で、私たち日本人は、「むし歯菌を取り除く歯磨き」が最も効果的と教えられてきました。
私が教鞭を取っている大学の歯学部で、予防歯科学を学ぶ以前の1年生に、効果的なむし歯予防法について尋ねると、ほとんどの学生は「歯磨き!」と答えます。
しかし、残念ながら、歯ブラシでこするだけの歯磨きには、むし歯の予防効果はありません。それを伝えると、彼ら彼女らは一様に驚き、絶句します。
では、なぜ歯ブラシでこするだけでは予防効果がないのでしょうか。
むし歯になりやすいところは、たいてい歯ブラシの毛先が届かないからです。
むし歯になりやすいところとは、奥歯の噛み合わせの溝の中と、歯と歯の間です。また、一度むし歯を削って材料を詰めた場合、詰めた素材と歯の境目も、歯ブラシの毛先が届かず、新たにむし歯になりやすい箇所です。
歯ブラシによる歯磨きのむし歯予防効果がどれほどのものか、これまで多くの国で検討されてきました。しかし、残念ながらほとんどの研究で歯磨きによるむし歯予防効果は実証できませんでした。
アメリカ歯科医師会のパンフレットには、奥歯の噛み合わせの溝と歯ブラシの毛先の大きさを、顕微鏡で比較した写真が掲載されています。
奥歯の溝の中に歯ブラシの毛先は届かない
これを見るだけでも、歯の噛み合わせの溝よりも歯ブラシの毛先のほうがはるかに大きく、歯ブラシによるむし歯予防効果が皆無であることは明らかです。
そんな中、歯磨きで明らかなむし歯予防効果があった、との研究報告があります。
それは、歯ブラシにフッ素入りの歯磨剤(いわゆる歯磨き粉・歯磨きペースト)を塗って磨いたケースでした。
歯ブラシによる物理的な歯垢除去によるものではなく、歯ブラシでフッ素を塗ることで、むし歯予防効果が表れていたのです。
そう、最も効果的なむし歯の予防法は、フッ素を使うこと。
フッ素には、むし歯の初期に起こる、歯から唾液中に溶け出したカルシウムやリンを元の歯に戻す効果があります(再石灰化作用)。また、口の中の細菌の増殖を抑える作用や、歯のエナメル質に働いて酸に溶けにくくさせる作用もあります。
歯ブラシは、歯垢を落とす道具ではなく、歯にフッ素(フッ素入り歯磨剤)を塗る道具なのです。
このことは、世界保健機関(WHO)が監修した、むし歯予防の本にも明記されています。
歯周病予防にデンタルフロスは効果なし?
では、たまった歯垢はどうやって落としたらいいのでしょうか。歯と歯の間(歯間)の歯垢は歯周病の原因となります。
歯間の歯垢を取り除くデンタルフロスは、歯周病の予防に効果的だと思われがちですが、デンタルフロスにはじつはそれほど歯周病予防効果が期待できません。歯ブラシ以上の歯垢を取り除く効果や、歯肉の炎症を改善する効果は見られないのです。
その理由は、おもに3つあると考えられます。
1つ目は、歯の形です。
歯と歯の間は表面がなめらかではなく、デコボコになっていることがほとんどです。そのため、糸状のデンタルフロスではその表面をきれいに掃除することはできません。
2つ目は、歯垢の性質です。
むし歯菌の出すネバネバの多糖類は歯にくっつきやすく、少々こすっただけでは取れません。
3つ目は、歯周病の初期段階である歯肉炎の予防には、歯ぐきへの適度な機械的刺激が最も有効なのですが、デンタルフロスにはこの効果が期待できないからです。
デンタルフロスを使うなら、歯ブラシに加えて歯間ブラシを使うことをおすすめします。
歯間ブラシは凹面おうめんの掃除が効果的にでき、さらに歯ぐきに適度な機械的刺激を与えることができるので、歯垢除去、歯周病予防に一定の効果が期待できます。
歯周病・口臭予防のための「うがい液」使用は慎重に
また最近では、歯周病予防を目的としたうがい液、マウスウォッシュがさまざまなメーカーから販売され、テレビコマーシャルなどでさかんに宣伝されています。
その多くは、口臭予防のほか、歯周病菌を減らす効果、殺菌効果をうたっています。
しかし、市販のうがい液には、歯周病菌を若干は減らすことはできても、歯周病予防効果が期待できるほどの薬用成分は配合されていません。
たとえば、クロルヘキシジン(正式名称は、グルコン酸クロルヘキシジン)という薬剤がありますが、歯周病の予防効果や炎症を起こした歯ぐきを改善する効果が科学的に明らかになっています。実際に、海外では重症の歯周病の治療に使われています。
しかし、日本のうがい液などでは0.01%くらいの低い濃度のクロルヘキシジンしか配合されていません。
予防歯科学の観点から、これでは本当にどれだけ効果があるのかわかりません。
また、仮に効果があったとしても、クロルヘキシジンは歯周病菌などのいわゆる悪玉菌だけでなく、ふつうの細菌(日和見菌ひよりみきん)までも減らしてしまいます。日和見菌は、口の中にいて、口の外から病原微生物が入ってきたときに、それらが口の中に居座ることができないようにする重要な役割を担っています。
したがって、日和見菌が減ると病原菌による感染リスクが高まります。
また、細菌が減ってしまうので、細菌と勢力争いをしているカビなどが生えるという副作用もあります。
さらに、頻繁に使うと歯に黒い着色ができるなど、さまざまな問題が起こりうるので、私としてはあまりおすすめできません。
また、アルコールが入っているうがい液もあります。表示成分に「エタノール」と書かれているものですが、アルコール含有のうがい液は、一日2回以上、35年以上にわたって使用すると、口腔がんを引き起こすリスクも指摘されています。
そういう意味からも、フッ素入りで、アルコールが入っていないうがい液を使うことをおすすめします。
「電動の歯間洗浄器」の予防効果は?
さらに最近では、歯と歯の間に残った食べかすや歯垢を落とすことを目的に、「歯間洗浄機(器)」「口腔洗浄器」などの名称で、いくつかのメーカーから歯間洗浄装置が販売されています。歯磨きだけでは、歯間の汚れを完全に取り除くのはむずかしい、と思う消費者心理を巧みについており、注目が高まっているようです。
高圧の水を噴射して歯間をきれいにする歯間洗浄器ですが、結論からいいますと、高圧の水で歯間を洗浄することによる歯周病やむし歯予防効果はあまり期待できません。
歯周病やむし歯が起こる原因である歯垢は細菌のかたまりです。歯垢はネバネバした粘着物でしっかり歯に付着しています。しかも、歯間のくぼんだところにつきやすいという特徴があります。
そんな歯垢は、高圧の水で垂直にダイレクトに当てるならまだしも、歯のすき間を通じて横から水圧をかけるくらいでは、そう簡単には取り除けません。
したがって、あまりそういった洗浄装置に頼りすぎず、歯間ブラシなどを使って、丁寧に歯間の歯垢を落とすように心がけたほうがいいのです。