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Washizu Go(わしず ごう)1990年静岡生まれ。平成25年理学療法士免許取得。ヨガインストラクター。パワーリハビリテーション研究会研修終了。大学との連携で運動プログラムの提供、デイサービスの施設長として勤務。理学療法の可能性を日々追及。リハビリテーション・医療・介護をテーマに更新。アツい男としてデイを盛り上げていきます!

【医療費】「自己負担分以外」は誰がどう支払っているのか!?

医療機関で受診して、診察や検査、手術、薬の処方などを受けると、患者は会計窓口でかかった医療費の支払いをする。だが、公的な医療保険(健康保険)を使って医療を受ける場合は、ここで患者が支払っているのは自分が使った医療費の一部だけだ。

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 医療費の自己負担割合は、年齢によって決められており、未就学児は2割、それを超えた70歳未満は3割、70~74歳は2割、75歳以上は1割が原則だ。ただし、70歳以上でも現役並みの所得がある人は3割を負担している。

 

 子どもの医療費については、すべての自治体が医療費を助成する制度を導入しているので、一定年齢になるまでは無料で医療を受けられる(無料期間は自治体によって異なる)。 では、自己負担分以外の残りの医療費は、だれがどのように支払っているのだろうか。

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医療費の支払業務を行う「審査支払機関」とは?
 健康保険の基本的な仕組みは、その保険に加入している人から少しずつ保険料を集めて、加入者のだれかが病気やケガをしたときに医療費を支払うというもの。ふだんから保険料を拠出しておくことで、病気やケガをしたときに保険を使って医療を受ける権利を得られ、経済的リスクを軽減することができる。

 1927年(昭和2年)に、日本ではじめて労働者を対象とした健康保険が始まったときは、今のように窓口での一部負担金の支払いはなく、健康保険被保険者証(健康保険証)を見せれば、患者の負担なしで医療を受けることができた(国民健康保険は当初から窓口負担があった)。だが、厳しい保険財政を背景に、サラリーマンの健康保険にも窓口負担が導入され、現在は70歳未満の人は、加入している健康保険に関係なく、自己負担割合は3割となっている。

 

 窓口での自己負担金はあるものの、そもそも健康保険は加入者から集めた保険料で、万一の医療費を賄うためにつくられた制度だ。残りの9~7割の医療費は健康保険が負担しており、医療機関は患者が加入している健康保険に請求し、お金を受け取っている。

 

 病院や診療所に行くと健康保険証の提示を求められるのは、患者が加入している健康保険組合を確認するためで、健康保険証に書かれている6桁の「被保険者番号」をチェックして、医療機関はその患者の医療費の請求をしている。

 

だが、医療機関が直接、健康保険に医療費の請求をしているわけではない。

 それには、「フリーアクセス」という日本の医療制度が関係している。日本の医療制度は、患者が全国どこの医療機関でも自由に選んで受診できるフリーアクセス制をとっている。そのため、ひとつの医療機関でも、訪れる患者が加入している健康保険は多岐に渡る。

 

 健康保険の数は、おもに中小企業の従業員が加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)、大手企業の従業員が加入する組合管掌健康保険(健保組合)、公務員が加入する共済組合、自営業者の人などが加入する国民健康保険(国保)や国民健康保険組合(国保組合)、75歳以上の人が加入する後期高齢者医療制度など、全国に1700以上の組織がある。

 

 その中から、患者が加入している健康保険を探し出して、一つひとつ請求するのは気の遠くなるような作業だ。そこで、実際の医療費の請求は、「社会保険診療報酬支払基金(支払基金)」「国民健康保険団体連合会(国保連合会)」という2つの審査支払機関を通して行われている。

 

 請求先は、会社員や公務員などの被用者保険(協会けんぽ、健保組合、共済組合)は「支払基金」、自営業者やフリーランスなどの国保・国保組合、後期高齢者医療制度は「国保連合会」だ。

 

 医療機関では、その患者に行った診療内容に基づいて診療報酬明細書(レセプト)を作成し、毎月1回、審査支払機関に提出し、医療費を一括請求している。審査支払機関は、送られてきたレセプトに間違いがないか、過剰診療はないかなどを審査して、それぞれの健康保険に医療費を請求。その請求に基づいて健康保険から支払われた医療費を、それぞれの医療機関に支払うという流れになっている。なぜ、このような審査支払機関が作られたのだろうか。その歴史は、1948年(昭和23年)に遡る。

 

「安い、遅い、面倒くさい」支払基金ができるまでの保険診療
 労働者のための健康保険が作られた1927年から戦後までは、医療費の支払い事務は医師会が行っていた。政府管掌健康保険(政管健保、現協会けんぽ)や健保組合は、医師会に補助金(手数料)を支払い、保険診療を行う医療者の指導・監督、診療内容の審査、医療費の支払い事務を委託していたのだ。

 

 だが、医療機関にとって、その請求事務は非常に手間のかかるものだった。保険者(健康保険)ごとにレセプトの様式が異なる上に、医療機関が自ら保険者ごとにレセプトを仕分けして提出していたからだ。

 

 それらのレセプトは郡や県の医師会に集められたあとで、保険者(健康保険)ごとに分けて請求していたので、保険診療の医療費支払いは非常に時間がかかった。

 

 診療してから医療費が支払われるまでには、政管健保で3~4ヵ月、組合健保で6~7ヵ月遅れるのが一般的だったが、それは健保財政に問題があったからではなく、事務作業の煩雑さからくるものだった。

 

 診療する医師の立場からすれば、当時は健康保険を使う医療は単価が安く、手続きも煩雑なうえに、支払いまで遅いため、制度の設立当初から敬遠される傾向にあった。それが保険診療が広がらない理由のひとつとなっていた。

 

 こうした保険診療の支払いに関する問題を解決するために、1943年頃には、厚生省内ではすでに請求や支払いの窓口を一本化する「保険医金庫」という構想が作られていた。しかし、政管健保や健保組合から手数料をもらえる医師会は、なかなか支払事務を手放さなかったため、戦前に保険医金庫が実現することはなかった。

 

その状況を変えるきっかけとなったのが、敗戦後に行われた連合国軍最高司令官司令部(GHQ)による医療制度や公衆衛生行政の改革だ。改革の指示を出したのは、米国陸軍の軍医で、GHQの公衆衛生局長だったクロスフォード・F・サムス大佐で、医師会が政管健保や健保組合から手数料を受け取って、支払事務を行っていることにストップがかかったのだ。

 

 当時の厚生省で保険局健康保険課長を務め、支払基金の創設に携わった友納武人氏(のちの千葉県知事)は、「戦後医療保障の証言」(総合労働研究所)で、次のように回顧している。

 

「サムス大佐にある日突然、東龍太郎医務局長と私が呼ばれました。日本医師会も呼ばれていました。……中略……要するに、政府から医師会はお金をもらってはいけないという発想なのです」つまり、医師会による医療費の支払事務を禁止したのだ。

 

 こうした指示に対して、当初、医師会や歯科医師会は激しく抵抗したという。それもそのはずで、医師会や歯科医師会は、健康保険の事務費で運営されていたからだ。しかし、サムス大佐は、断固として耳を貸さず、医療費の支払事務は医師会の手を離れることになった。

 

 厚生省は、これをチャンスとして、温めてきた「保険医金庫」を実現するための手続きを急ピッチで進め出したのだ。「進駐軍のディレクティブで、サムスから、医師会、歯科医師会がそういうことをやってはいかんといわれたとき、好機到来というわけではないけれども、その構想を是成信一君に口述して、一週間か一〇日くらいで原案をつくったのです」

 

 社会保険診療報酬支払基金法案は、1948年6月4日に閣議決定され、国会でもスピード審議で7月4日に成立。そして、2ヵ月後の9月1日から業務がスタートした。支払基金の設立によって、医療費の支払い遅延問題は解決し、戦後の健康保険の再建に弾みがつくことになった。

 

国保は財政的な事情によって支払基金の対象から外された
 支払基金は、会社員や公務員などが加入する被用者保険の医療費の支払業務を行うもので、それが現在も続いている。だが、法案作成の過程では、農民漁民、都市部の自営業者などが加入する国保や国保組合も支払い対象にするかどうかが俎上に上った。

 

 だが、戦後間もない1948年、国保や国保組合はその存続自体が危ぶまれていた頃だ。有岡二郎氏の「戦後医療の五十年 医療保険制度の舞台裏」(日本医事新報社)では、当時の様子を「当時の国保は保険料がほとんど徴収できず、診療報酬の支払い遅延がひどかった。国保の診療報酬支払い事務まで抱え込むと、支払基金がスムーズに発足できないというので、国保は対象からはずされたのである」と説明している。

 

 財政事情から国保の支払業務と審査については、支払基金ではなく、国保連合会が行うことになった。その形態は現在も続いており、日本には医療費の支払いや診療内容をチェックするために、「支払基金」「国保連合会」という2つの審査支払機関が存在している。

 

 同様の業務を行う機関が2つあることについては、「社会的コストがかかる」「一本化したほうが税金の無駄がなくなる」といった意見があり、これまで審査支払機関の統合、見直しが繰り返し提案されてきた。

 

 現在も、病歴や健診の内容などの情報をデータヘルスに活用するための法的整備についての審議が行われているが、そのなかで支払基金や国保連合会の在り方を問う声も出ている。

 

 ただ、少なくとも、戦後の混乱期は、被用者保険と地域保険である国保・国保組合の審査をまとめて行うことは不可能だった。長い月日を経て、その役割が変わってきたのであれば、統合や見直しの必要はあるが、支払基金の創設も、国保連合会による審査・支払いも、どのような歴史的経緯を経て存在しているのかは知っておくべきだと思う。

 

 医療者の中には、審査によって診療報酬が削られることで、審査支払機関の存在そのものを否定するようなことを言う人もいる。だが、支払基金や国保連合会がなくなり、健保組合に個別に医療費の請求をしなければいけなくなったら、医療機関は請求業務に忙殺されることになるのではないだろうか。支払基金は、今年で設立から70年を迎えた。節目の今年は、設立の経緯を踏まえたうえで、その存在の在り方を改めて考えてみる必要がありそうだ。

 

本日の記事は医療費に関する記事を引用・加筆した記事となります。

参考になれば幸いです。

 

2018?2019年度版 イラスト図解 医療費のしくみ

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